こんにちは、氷河期世代、万年非正規雇用の多摩あん子です。
前回は、父と母が時を同じくして入院し、いよいよ遠距離介護のゴングが鳴った(と感じた)経緯を書きました。
両親ともに入院!それだけでも
「ううう…」
となりますが、入院先が別々なので、遠方から通うわたしは病院のハシゴで疲弊していきます。
そこで、「何はともあれ病院をひとつにまとめたい!!」と考えてから、どう動いたかをお話ししたいと思います。
前回のお話はこちら👇
父と母の入院先が別だと、とっても困る!!
まず簡単に状況を説明します。
もともと要支援2だった父が盲腸の炎症から緊急搬送され入院、その後、身体機能回復のためにY病院にリハビリ転院になりました。
その父のリハビリ転院から1日後、今度は母が外出先で転倒、腰椎圧迫骨折でM病院に入院することになったのです。
Y病院とM病院は別々の市にあります。
そのため、わたしが遠方から面会に行くとなると、大変あわただしいことに。
日帰りで行くこともあれば泊りのこともありますが、とある日帰りの1日の流れはこんな感じです👇
- 大阪から新幹線と在来線を乗り継ぎ、約3時間強かけて東海地方にある実家へ。
- 実家で書類の整理や簡単な掃除をしたのち、歩いて15〜20分ほどかかるM病院へ。
- M病院に入院している母と面会し、病院関係者さんとお話しする。
- 歩いて20分ほどのところにある駅に戻り、電車を乗り継いで父の入院するY病院へ(別の市にあります)。
- 父と面会し、こちらの病院関係者さんともコミュニケーションをとったあと帰路へ…
毎回、大阪に帰るころにはクタクタになっていました。
ソーシャルワーカーさんにダメもとで転院を頼んでみたら
そこで、母がM病院に入院して早々に、M病院のソーシャルワーカーさんに「Y病院にいる父親をなんとかM病院に移せないか」と頼んでみることにしました。

ソーシャルワーカーとは、生活に困りごとがある人の相談にのり、必要な支援につなげてくれる専門職です。病院・高齢者や障がい者施設・学校・行政機関などに勤務しています。高齢者や障がいのある人、生活に不安のある人などを対象に、話をよく聞きながら、その人に合ったサービスや制度を紹介します。また、関係機関(病院や介護施設、行政など)と連絡を取り合い、安心して生活できるようサポートします。働く場所によって仕事内容は異なりますが、人が自分らしく暮らせるよう支える大切な役割を担っています。
娘(わたし)が遠方に住んでいるので移動が大変ということもありますが、
ほかにも父をM病院に移したい次のような事情がありました。
- 父が入院当時よりかなり弱っており、母のいる病院に来ることで少しでも気持ちを強く持ってもらいたかった。
- Y病院では、リハビリがあまり行われておらず、リハビリに熱心なM病院のほうが父の回復に役立つと考えた。
- 両親のいる2つの病院に通う弟(実家住まい)は、心療内科に通うなどの事情があり、彼の負担も減らしたかった。
こうしたことを、まず母からソーシャルワーカーさんに伝えてもらうようにして、私が面会に行ったときにさらに詳しい説明をするつもりだったのです。
ただ、M病院も病床に余裕があるわけではないし、そんなに簡単にOKはもらえないかも…と思っていました。
ところが、1週間後ぐらいにわたしが母の面会に行ったところ、ソーシャルワーカーさんが病室に来てくださり、嬉しい言葉をかけてくださったのです。
「医師にも確認してOKをいただいたので、M病院としては受け入れできます」と…
父が母の入院先に転院してきた!!
えええ!!そんなにスムーズに父の転院を了承してもらえるなんて!!
内心「難しいと言われる可能性が高いから、その場合は市役所の福祉課とかに相談に行くしかないかな」と考えていました。(←実際にこういう場合の相談先として適当かわかりませんが…)
きっとソーシャルワーカーさんの寄り添い力と段取り力が素晴らしかったのだと思います。
また、父が3年前、交通事故でM病院に入院したときの主治医の先生が、たまたま今の母の主治医になっているという偶然も働きました。
今回も父の主治医になってくださることを快諾していただいたのはありがたい限りです。
その後父のいるY病院の主治医に、転院に必要な紹介状を書いてもらうことができました。
かくして手続きから1週間弱ほどで、父は母のいるM病院に転院することができたのです。
両親の入院先がひとつなって一安心
父が母のいる病院に転院してから、大阪から面会に行くわたしの疲労はかなり改善されました。
病院のはしごをせずとも父と母に会えるのですから。
実家の弟も楽になったと思います。
何より、父に「お母さんと同じ病院になって、少しは安心した?」と聞いたところ「うん、安心した」と答えてくれたのが嬉しかったです。
父と母は病室は別なものの同じフロアなので、母が車椅子に乗って父に会いに行くことで、毎日お互いの顔を見ることができます。
時にはケンカもするようですが…
それでも、ケンカも顔が見えるからできること。
両親の入院先がひとつにまとまって、まずは一安心です。
でもまだ考えることはたくさんあって…
ただ、まだまだこれから考えなければいけないことがたくさんあります。
もともと要支援2だった父ですが、再調査になり、次は要介護がつくのではないかとのことです。
さらにパーキンソン病やそれに似たPSPという病気の疑いもあり、今入院しながら検査を受けているところです。
自宅での介護について、いずれケアマネージャーさん(ソーシャルワーカーさんにより選定中)にケアプラン等について相談しなければいけません。
母も腰椎圧迫骨折の治療とリハビリを続けていますが、退院後どのような生活になるのかわかりません。
ちなみに母も先日介護度認定の調査員さんに来てもらったので、そのうち審査の結果が届くでしょう。
ふたりとも実家に戻った時に、いったいどのような生活になるのか…
介護サービスを活用しながら、介護保険制度ではカバーできないところは民間のサービスに頼る必要もでてくるかもしれません。
わたしに医療や介護の知識はありません。
でも、使える公共の制度や、いざというときに頼れる民間サービスなど、今から調べたり考えたりすることが家族を救うことにつながると考えています。
そして少しでも両親や弟、そして遠距離から通う自分自身のストレスを減らして、みんなが「まあまあやっていけそう」と思える仕組みを作っていきたいと思います。
…なんていまは言っていますが、またいろんな事件が発生するかもしれません。
まだここに書いていない、水面下にもぐっているわが家の問題もいずれ浮上してくることでしょう。
そのときはまたご報告します。
今回学んだこと
今回、両親が別々の病院に入院したことで、想像以上に移動や調整が大変でした。
ですが、ソーシャルワーカーさんに相談したことで状況が大きく動き、結果的に同じ病院に転院することができました。
遠距離介護では、一人で抱え込まず、早めに相談することがとても大切だと感じました。
それではまた!
ここまでお読みいただきありがとうございます。多摩あん子でした。


