こんにちは!
氷河期世代、万年非正規雇用の多摩あん子です。
家族会議で、PSPの父が退院後は自宅で介護することに決まりました。
退院後の方針が決まったので、退院に向けたカンファレンスが開かれることになります。
この機会に、在宅介護の体制作りについて少しでも役立つ情報を仕入れたいと思っていました。
実際、カンファレンスはとても有益でありがたかったです。
でもショックなこともありました。
今回は、そんな退院前カンファレンスの様子について書きたいと思います。
(現状はかなり変化していますが、振り返って書いています)
前回の記事はこちら👇
退院前カンファレンスに参加してくださったメンバー
まず、今回のカンファレンスに参加してくださったメンバーを記しておきます(敬称略)。
・病院のソーシャルワーカー(この方がカンファレンスのまとめ役です)
・父を担当している病院のリハビリスタッフ(理学療法士または作業療法士)
・父を担当している看護師(父が病棟を変わってから2週間足らずの新担当)
・ケアマネジャー
・父が入院前に通っていたデイケア施設の職員数名
・介護用品レンタル業者の担当者
・母と弟とわたし
・父
父は、カンファレンスへの参加に乗り気ではありませんでした。
ですが、
「お父さんの退院にむけての話し合いだから、少しでも参加したほうがいいんじゃない?」
「途中で病室に帰ってもいいんだよ」
と伝えたところ、車椅子で出席することになりました。
心強く感じた話し合い
はじめに、入院中の父のサポートをしてくださっているリハビリスタッフさんや看護師さんから、父の様子について説明がありました。
ケアマネジャーさんや、デイケア施設のスタッフさんがその様子を聞いたり、実際に父の動きを見たりしていました。
デイケア施設では、今後再度父を受け入れることができるのかなどの判断材料にするようです。
食事はどんな状態のものを、どのぐらいの時間をかけて食べているか、排泄はどのような介助がいるのか、などを確認していました。
父がPSPであることは、すでに皆さんご存知です。
施設の方からは、今後のデイケアの受け入れについて、あまり前向きではない印象を受けました。
その場合は、別の施設を探すことになりそうです。
(ちなみに後日、お断りの連絡を受けることになります。)
また、ケアマネジャーさんからは、日中は訪問介護や訪問看護などを手厚く入れるプランの提示がありました。
いろいろなハードルはあるものの、父の退院後の生活について、関係各所が動いてくださることについては、心強く感じました。
父の新担当である看護師さんの言動に戸惑う
このカンファレンスの中で、担当看護師Aさんの言動に戸惑うことになります。
このAさんは、父が以前のフロアから今のフロアに変わってから、新しく担当になって2週間足らずの方です。
まずは違和感を覚えた点から。
父の様子をみなさんで共有する際、父が看護師Aさんの隣にいる状況で、
父の世話がいかに大変かを強い口調でおっしゃいました。
まるで父がそこに居ないような話しぶりに少し驚きました。
確かに父は模範的な患者ではなく、時に感情をあらわにしたりすることもあるようです。
たとえば食事の際には、トレイに少し角度をつけないと食べてくれず、テーブルを叩いたこともあったようです。
それは家族としても大変申し訳なく思います。
ただ、PSPの特徴として、首や眼球運動にも麻痺が現れ、下のものが見えづらくなるという特徴があります。
だから、トレイが少し自分のほうに傾いていないと、見えづらいということもあったのだと推察します。
しかも講話も難しくなっているので、そのことを伝えられなかったのではないかと思うのです。
排泄についても、以前はトイレに連れて行ってもらうことで自分で排泄できたのに、最近はトイレに行こうとしない、と言われました。
でもそれについても、PSPは尿意を感じづらくなるので、そのせいで自ら
「トイレに行きたい」
と言えなくなったのではないかと思いました。
看護師さんたちは、大勢の、しかも多種多様な状態にある患者を見なければいけないので、一人一人の詳しい病気の症状や進行具合について、ときに把握できていないこともあるのでしょう。
父の面会に行く度に、いつも忙しくされている看護師さん達を見ているので、仕方ない部分もあるのは理解できます。
ただ、わたしは父の病気を知るためにPSP(核上性進行性麻痺)について勉強するようになったので、父の行動の理由を考えてしまいます。
だからこそ、Aさんによる父についての説明にもどかしい思いをしました。
また先ほども書きましたが、父がそこに居ないかのようにお話になる様子も少し気持ちがざわつきました。
ですが、もしかしたらこれらはカンファレンスに出席する看護師さんとしては普通のことで、わたしが気にしすぎているのかもしれません。
しかしその後、看護師Aさんの言葉にさらにショックを受けることになるのです。
看護師さんから驚きのひと言
前の回で触れたように、家族会議で父を自宅に帰すことが決まりました。
わたしの中で色々な不安はあったものの
父の意思、そして在宅介護が絶対!という弟の強い希望を汲み、まずはトライしてみようという気持ちでした。
しかし、在宅介護を叶えるためには、関係各所からできる限りのサポートを受けなければなりません。
そのために、わたしが家族の代表として、参加者のみなさんに、さまざまな質問をしたり、議論を活発にしたりしていました。
父が帰宅してからの生活をよりスムーズにするために、少しでも不安を解消しておきたかったのです。
どうやらそのわたしの様子から、担当看護師Aさんは
「遠方に住んでいて実際に介護をしない人が、自分勝手な思いで無理やり父を家に帰そうとしている」
と感じたようです。たぶん…
何やら看護師Aさんが母に耳打ちしているのが見えました。
そして、母がAさんに
「でも書類とか手続きとかは娘が全部やってくれてるんです…」
とわたしをかばうようなコトを言っているのが聞こえました。
何か母によからぬことを言っているような雰囲気は感じたのですが、その場で確認することはできず、カンファレンスのあと母に聞いたところ…
Aさんが
「そんなこと言うなら(そんなに父を自宅に帰そうとするなら)、お姉さんに引き取ってもらえばいいじゃないですか」
と母に言ったことがわかりました。
ええええ‥‥!!!!!
(この時、父は先に病室に帰っていました)
わが家の詳しい事情を知らない看護師さんが、そこまで言う…?
びっくりするやら悲しいやら。
看護師さんのそのひと言、とにもかくにもショックでした。
どんな選択も簡単ではない中で、わたしとしては、家族それぞれの想いや生活を大切にしながら、在宅介護をまわしていけるように必死で考えながら動いています。
実際、わたし自身は、手厚い看護と介護が受けられる良い施設があれば、そういうところに入所したほうが、父にとっても良いのではないかとも考えたことがありました。
それでも、家族で話し合って決めたことです。
決めたからには在宅介護を中途半端にスタートしたくありません。
カンファレンスという機会を利用して、限られた時間で参加者の皆さんとの意思疎通をはかり、わからないことは質問し、質問されたら率直に答える、というスタンスでいました。
そんな姿がうっとうしく見えたのかもしれませんが…
新しく父の担当になってまだ2週間弱、わが家の関係性や詳しい事情も知らないAさんに、そんなふうに言われてしまうとは…
ちなみに、Aさんはわたしが大阪在住ということはご存じで、その上での「お姉さんに引き取ってもらえばいい」というご発言です(病院と実家は東海地方にあります)。
正直言いますと、久しぶりに誰かの言動に対して怒りを覚えました。
このときの母はわたしをかばってくれましたが、Aさんが発したような不用意な発言が、重大な結果をもたらすこともあると思うのです。
たとえば、ただでさえ気持ちが不安定になっている、患者家族の絆をも断ち切ることがあるかもしれません。
このときのショックとそれに続くモヤモヤは、薄らぎこそすれ、いまも消えないままです。
現状、多くの病院スタッフさんに支えられている
ただ、ここで強調しておきたいことがあります。
それは、それまで父がいた別のフロアの看護師さんやスタッフさんをはじめ、フロアを移ってからも、多くの病院スタッフさんに手厚い看護とサポートを受けており、それには心から感謝しているということ。
主治医の先生もいつも患者と家族を気にかけてくださり、本当にありがたく思っています。
病院関係者の皆さんに支えられているのは身に染みてわかっているので、普段は手を合わせたくなるぐらいの気持ちを持っています。
割り切れないことはあるけど、立ち止まってはいられない
それに看護師Aさんにはもう少し父がお世話にならなければいけません。
おそらく中堅どころのAさんは、看護の技術は確かなのだと思います。
実際は、Aさんと顔を合わせると何とも言えない複雑な気持ちが湧きあがっていますが、こうした割り切れないことがあっても、父のために立ち止まってはいられません。
父を看護してくれいていることへの感謝の気持ちをしぼりだして、母からは何も聞いていないような素振りで接することにしました。
退院に向けてカウントダウンがはじまる
いろいろありましたが、カンファレンス自体は無事に終了し、父の退院日もそこから3週間後ぐらいに決まりました。
関係各所からのサポートを受けながら、なんとか父を在宅で介護するという計画が走り出しました。
大変そうだし、はじまったらはじまったで、様々な問題が発生しそうな予感。
それでも、そのときはまたいろんな方々にサポートをお願いしたり、知恵をお借りしたりしようと考えました。
ところが…退院を前にして、父が誤嚥性肺炎になってしまい、事態がまた変わることになります。
次回は父が誤嚥性肺炎になってからの経過を書きたいと思います。
今回もここまでお読みいただき、ありがとうございました!


