辛い選択…自宅へ帰りたかったPSPの父に、施設入所を伝えるーあん子的遠距離介護日記⑬ー

施設入所を伝えたPSPの父の手を握る家族のイメージ 遠距離介護

こんにちは、多摩あん子です。

入院中のPSPの父(要介護4)が誤嚥性肺炎になりました。

当初は退院後、在宅介護の予定でしたが、その雲行きが怪しくなってきて…

前回は、在宅介護に不安を抱いた家族(おもにわたし)が、在宅介護計画の見直しを検討し、父のような神経難病を受け入れてくれる施設を探したところまでを書きました。

前回の記事はこちら👇

この記事では、誤嚥性肺炎後の父の状況から、在宅介護の予定を変更することになった辛い選択を書いています。

(現状はかなり変化していますが、振り返っての記録です)

医療的ケアが増えた父を施設へという決断

ひとつ前の記事にも書いた通り、退院を控えた父が誤嚥性肺炎になりました。

高熱が出て心配したものの、病院の治療のおかげで肺炎は治癒しました。

ただ、肺炎自体は治ったものの、そのほかの状態は肺炎前よりもかなり悪くなっているようです。

肺炎前には、なんとか極きざみ食をゆっくり時間をかけて食べていましたが、点滴のみで栄養を採るようになっています。

またかなりの量の痰が出るようで、こまめに痰吸引をしてもらわなければいけません。

排泄も、オムツだけだったのが、尿を出す力が弱っているとのことで、尿道カテーテルを入れることになりました。

もともと退院後はなんとか在宅で介護を…というつもりで、訪問介護や訪問医療・看護を手厚く入れていく予定にしていました。

ただしここにきて父の状態がかなり悪い方向へ変わったことで、さまざまな状況を考えあわせた結果、

「在宅介護は、父にとっても、実際に介護する母や弟にとっても良くない結果になる」

とわたし自身が判断するにいたります。

(担当ソーシャルワーカーさんの、在宅介護体験も参考にさせていただきました。)

そこでわたしの気持ちを家族に伝え、話し合いました。

そしてPSPという神経難病でも受け入れてくれて、実家から毎日でも通える距離の施設を見つけ、父には退院後そちらへ移ってもらうという苦渋の決断をしたのです。

父に施設入所を伝えるのはわたしの役割

ずっと退院後は自宅へ帰りたいと願い、また帰れると信じている父に、施設へ移ってもらうことを伝えるのは辛い役目です。

でも、母・弟・わたしの誰が伝えたほうがいいか、となったときに、母と弟は当然のようにわたしが伝えるものと思い込んでいるようでした。

そこにほんの少しモヤモヤしたものは感じたものの、わたし自身も、家族3人のなかでは自分が一番父に伝えるのに適任だと信じていたので、迷いはありませんでした。

わたしは週に1回病院へ通っていたため、そのタイミングで父にこの辛い決断を伝えることに。

どのように父に伝えるか、頭の中でリハーサルを繰り返します。

伝えたいことはたくさんあるけれど、あまり長くなって言い訳じみて聞こえないように気をつけよう。

ついに父に伝える日がやってきた

いよいよ父に伝える日がやってきました。

その日一緒に面会に行った母には、わたしが父に話している間は黙っていてくれるように頼んでおきました。

面会に行き、いつも通り「お父さん、熱が下がってよかったね」「痰吸引ってきっとしんどいよね」などと、手を握りながら話しかけます。

父はほとんどしゃべれないので(状態がよくても単語を言うのがやっと)、父は手を握

り返して意思表示をしてくれます。

そしてひと段落して落ち着いたころ、切り出しました。

「お父さん、お父さんが退院したら、家に帰ってきてもらう予定だったでしょ」

「でもお父さん、肺炎になって、痰吸引や点滴やおしっこの管を入れるようになったじゃない?」

「痰吸引って、お父さんがしてもらっているところを見てたけど、すごく大変そうで、お父さんも苦しそうだったよね。家族でも教えてもらってできるみたいなんだけど、実際にやることになるのは弟になるんだ」

「わたしとしては、弟がお父さんの痰吸引をやるのは、お父さんの気管を傷つけたりしないかすごく心配。」

「もし傷つけたりしたら、お父さんも弟も辛い思う」

「それに点滴や尿道カテーテルなども、やっぱりプロに管理してもらったほうがお父さんにとっても家族にとっても安心だと思うんだ」

「だからね、お父さん、退院したら24時間看護のところ(施設)でお父さんを見てもらおうと思ってる」

「でもね、家から遠くないし、家族は毎日行くし、ときどきは家族が泊まってもいいところだから、お母さんやわたしも時々泊まれるからね」

「だからね、お父さん、その24時間看護のところに行くことになるけど、いいかな?」

だいたいこんな感じのことを父に伝えました。

「24時間看護のところ」というのは父が行くことになる施設のことです。

なんだかそのときは「施設」という言葉が冷たく感じてしまい、そんな言い方をしてしまいました。

受け入れてくれた父|安堵する反面、辛く申し訳ない気持ちに

そうしたら、父がわたしの手を握り返してくれたのです。

「お父さん、いいよってこと?」

とわたしが聞くともう一度握り返してくれました。

父は施設に行くことを受け入れてくれたのです。

父は、かすかに頷いたり首を横に振ったりすることはできるので、「ノー」という意思表示をすることは可能です。

でもそういうことは一切ありませんでした。

父が施設入所をすんなりと受け入れたことに、正直安堵しました。

でもその反面、どうしようもなく辛く、申し訳ない気持ちになりました。

父は、きっと家族の負担を思いやり、家に帰りたい気持ちを抑え込んで、施設への入所を受け入れてくれたのだと思うからです。

お父さん、本当にごめんなさい。

実際、父の家族への想いを利用したような気にもなりました。

でも、とにかく今はこれがベターな選択なんだと信じて、選択した道でできることをしていくしかない。

くよくよ悩んで自分自身のパフォーマンスを下げることだけは避けたい。

ちなみにその場にいた母は、父が施設入所を受け入れてくれたあとで

「お父さん、365日24時間訪問できる施設だからね。毎日行くから安心してね。」

と声をかけていました。

在宅介護から施設入所へ舵を切り、施設入所までのカウントダウンがはじまる

もともとは退院後は在宅介護という流れだったのですが、ここへきて施設入所へ舵を切りました。

退院前カンファレンスも再度開かれることになります。

カンファレンスには、父以外の家族と、父の主治医、ソーシャルワーカー、担当看護師、施設の看護師長や、新担当のケアマネージャー*、施設にて訪問医療を提供している医療機関の医師などが参加しました(敬称略)。

この施設の中でも、父が入るフロアは「介護付き有料老人ホーム」という位置づけです。それまでのケアマネージャーさんは引き継げないらしく、施設付きのケアマネージャーさんがついてくださることになります。

そしてまた父の状態が共有され、今後の流れや施設に移った後の医療の提供について話し合われました。

例えば、父はその時、点滴からパーキンソン病などに効果が期待される薬を入れてもらっていましたが、父の場合、その薬は施設での訪問診療では使用できないとの説明があり、ストップせざるを得ないという話もありました。

父のり患したPSP(進行性核上性麻痺)は、パーキンソン病には効果が認められる薬がほとんど効かないと言われています。

病院では「一応入れておこう」という感じで薬を入れてもらっていたようなので、施設に移った後の点滴では、栄養のみ入れるということになりました。

そのほかにもさまざまなことがカンファレンスで話し合われ、施設や訪問医療機関との契約についても進み、施設入所までのカウントダウンがはじまったのです。

次回はいよいよ父が施設へ入所することになります。

でも、やっぱり「ああ、これでひと安心」とは行かず…

続きはまた次回お話しします。

今回もここまでお読みいただきありがとうございました!

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